四日市港の建設工事に第一歩をしるし、近代港湾への基礎を築いたのは稲葉三右衛門でした。当時の土木技術では港の修築や造成は予想以上の難工事となり、幾多の困難に遭遇しましたが、自らの私財をなげうつなど強い信念で初志を貫徹、今から一世紀以上も前に港の発展に身も心も捧げました。
明治32年8月4日、四日市港は開港場に指定され、文字どおり国際貿易港としての第一歩をしるすことになりました。開港当初の四日市港の貿易は、食料品、肥料の輸入が中心でしたが、その後は綿花の輸入が始まり、繊維原料の輸入港としても活気を呈しました。
戦後は羊毛の輸入が大幅に伸びる一方、石油化学コンビナートの立地に伴って原油がこれを追い抜き、四日市港は典型的な工業港へと発展しました。昭和30年代前半には、日本で最初の大規模な石油化学コンビナートが塩浜地区に誕生したのを端緒として、その後、四日市港は3つの石油化学コンビナートを擁することとなりました。
現在、四日市港は原油のほか綿花、穀物の我が国における主要な輸入基地であり、自動車、石油化学製品などの輸出基地としても確固たる地位を築いています。また、コンテナ航路をもつ港としても発展を続けています。 |